東京高等裁判所 平成元年(行ケ)177号 判決 1993年5月19日
ドイツ連邦共和国シュツツトガルト
原告
ローベルト・ボッシュ・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング
代表者
クラウス・フオス
同
ラルフ・ホルガー・ベーレンス
訴訟代理人弁護士
牧野良三
同弁理士
矢野敏雄
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 麻生渡
指定代理人
佐野整博
同
田中靖紘
同
涌井幸一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、昭和61年審判第23601号事件について、平成元年3月16日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文第1、2項同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、1978年12月6日ドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和54年2月6日、名称を「ガスセンサ用サーメツト電極の製法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、特許出願をした(昭和54年特許願第157520号)が、昭和61年8月14日に拒絶査定を受けたので、同年12月12日、これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は、これを同年審判第23601号事件として審理したうえ、平成元年3月16日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年4月26日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
イオン伝導性固体電解質を有するガスセンサ用の、主として支持骨格を形成するための微細に分散したセラミツク材料及び微細に分散した導電性材料から成るサーメツト電極を製造する方法において、支持骨格用の微細に分散したセラミツク材料として、固体電解質のセラミツク材料よりも焼結活性が小さいものを使用することを特徴とする、ガスセンサ用サーメツト電極の製法(昭和59年5月11日付け補正による特許請求の範囲第1項のとおり。)。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、特開昭48-90294号公報(以下「引用例」といい、そこに記載されている技術事項を「引用例発明」という。)を引用し、本願発明は、引用例発明に基づき当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項により特許を受けることができない、と判断した。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨及び引用例の記載内容の各認定、本願発明と引用例発明との一致点・相違点の認定は認める。また、「本願発明において、サーメツト電極に用いられるセラミツク材料を固体電解質に用いられるセラミツク材料よりも焼結活性を小さいものにするというのは固体電解質の方はより緻密に焼結し、サーメツト電極の方はより多孔構造とすることによつて、改良された応答感度を有するものとすることにある」(別添審決書写し3頁末行~4頁7行)との審決の認定は争わない。
しかし、審決は、相違点に関する判断において、引用例の記載内容の意味を誤解したためその中の根拠にならない部分を根拠とし(取消事由1)、本願発明の採用した方法の着想の困難性の度合いを誤認し(取消事由2)、その結果、本願発明は引用例発明に基づき当業者が容易に発明することができたものであるから特許を受けることができない、と誤って判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1
本願発明の目的生成物質は、「サーメット電極」である。サーメット電極を構成する「サーメット」とは「セラミックスとメタルの最初の文字を合成してできた言葉で、硬さ、耐熱性、耐酸化性、耐薬品性、耐摩耗性を特徴とするセラミックスと、強靱性、可塑性の金属とを組合せた複合材料」をいい、その特徴は、それが焼結によって造られることにある(甲第7号証160~161頁)から、サーメット電極とは、サーメット電極組成物質であるセラミック材料と金属との混合粉末を「焼結」したものよりなる電極をいい、セラミックと金属との焼結体でないものは、サーメット電極ではない。
これを前提に引用例を見ると、引用例には、固体電解質に電極となる接触作用性層(電子伝導性層と同一のものを指す。)を設ける方法として二つのものが記載されている。一つは、固体電解質に白金、白金合金又は酸化物系の金属材料を熱蒸発(熱蒸着)、陰極噴霧(陰極スパタリング)、ガス相沈澱(気相蒸着)、化学的還元及び電鍍沈澱(電気メッキ)等の薄層技術を用いて接触作用性層を設ける方法(以下「第1の方法」という。)であって、引用例中、後記「第2の方法」に関する記載の部分を除く全部の部分に記載されており、他の一つは、固体電解質に、その焼結前に、細かく分配されたセラミック物質及び細かく分配された触媒物質よりなり希釈油を配合したペーストを塗布し、引き続き固体電解質と塗布層とを一緒に焼結する方法(以下「第2の方法」という。)であって、引用例5枚目左上欄4行~右上欄1行及び実施態様18、19のみに記載されている。
両者を比較すると、第1の方法においては、材料はセラミック以外の物質と白金等の金属材料とよりなる混合物、目的物質はサーメット電極でない接触作用性層、処理工程は、固体電解質のみを焼結しておいて、焼結体である固体電解質の上に焼結とは全く異なる技術である薄層技術によりサーメット電極でない接触作用性層を設ける工程であるのに対し、第2の方法においては、材料はサーメット電極組成物質、目的物質はサーメット電極、処理工程はサーメット電極組成物質を固体電解質と一緒に焼結することによりサーメット電極である接触作用性層を設ける工程であって、両者は、このように、前者がサーメット電極でない接触作用性層を設ける方法であるのに対し、後者はサーメット電極である接触作用性層を設ける方法であることから、その材料、目的物質、処理工程を異にし、技術思想を全く異にする。
審決が、本願発明と引用例発明との相違点・一致点の認定において、本願発明との対比の対象として引用例発明中から採用したのは、第2の方法によりサーメット電極である接触作用性層を設けるものであるから、接触作用性層を設ける方法につき本願発明と引用例発明との間に認められる相違点についての判断においても、その根拠になるのは、第2の方法に関する事項に限られることはいうまでもない。ところが、審決は、上記相違点についての判断において、引用例の記載中、サーメット電極でない接触作用性層を設ける第1の方法のみに関する事項を、サーメット電極である接触作用性層を設ける第2の方法に関する事項でもあると誤解し、これを根拠にした。
すなわち、まず、審決は、引用例につき「電子伝導層(サーメツト電極)についても、特許請求の範囲等にみられるようにガス平衡の調節を接触作用し、少なくとも厚さが100~300Å以上の個所において層を貫通して固体電解質の表面にまで達しかつ平均層厚の半分よりも小さい直径または幅を有する微孔又は微破孔を有するものであることが記載されており、」(別添審決書写し4頁11~17行)と認定し、さらに、この認定を前提に「固体電解質はより緻密にすることが求められ、またサーメツト電極の場合は逆に多孔性にする必要性があることが教示されているものと認められる。」(同4頁17~20行)と認定して、これを上記相違点についての判断の根拠にしているが、引用例には、審決認定の各事項が記載されているものの、それは、特許請求の範囲の記載を含め第1の方法に関して記載されているだけで、第2の方法に関する上記記載部分にはこのような記載は見られない。特に、このような微孔又は微破孔を形成する具体的方法に関する記載は、第1の方法に関する記載中には見られる(甲第4号証2枚目右下欄9行~3枚目左上欄20行、4枚目右下欄13行~5枚目左上欄3行、6枚目左上欄3行~右上欄20行)けれども、第2の方法に関する記載中には全く見られないため、第2の方法に関する記載から上記微孔又は微破孔を設ける方法については一切知ることができず、引用例に、第2の方法によって上記微孔又は微破孔を有するサーメット電極である接触作用性層を設けることが記載されているとすることはできない。
2 取消事由2
審決は、サーメット電極に用いられるセラミック材料を、固体電解質のセラミック材料よりも焼結活性が小さいものを使用して多孔構造を有するものとする程度のことは、当業者であれば容易になしえたところと認められると認定した(別添審決書写し5頁1~5行)。
しかし、本願の優先権主張日当時、接触作用性層が多孔性でなければならないことは公知であったが、それを的確に制御する方法は知られておらず、引用例にも、焼結活性の差異、すなわち焼結に際しての物体の結合速度の大小を利用して、接触作用性層を多孔構造を有するものとする具体的方法は第2の方法に関しては全く記載されていない。むしろ、引用例の第2の方法では、「セラミツク物質としては、少なくとも固体電解質物質とほぼ同じ熱膨張係数を有する物質」例えば「等方晶安定化二酸化ジルコニウム」すなわち完全に安定化されたセラミック材料を固体電解質と接触作用性層の両方に使用することが記載されている(甲第4号証5枚目左上欄11~18行)のであり、このことは、引用例においては焼結活性の差異の利用ということを全く意識していないことを示している。したがって、引用例から本願発明の方法について知ることは一切できず、焼結活性の差異を利用するという本願発明の方法は、決して容易に想到できることではない。
第4 被告の反論の要点
審決の認定、判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1について
引用例に、固体電解質に電極となる接触作用性層を設ける方法として原告主張の二つの方法が記載されていること、審決が本願発明と引用例発明の相違点・一致点の認定において本願発明との対比の対象にしたのは、サーメット電極である接触作用性層を設ける第2の方法であること、したがって接触作用性層を設ける方法につき認められる上記相違点についての判断においてその根拠になるのは、第2の方法に関する事項に限られることは、原告主張のとおりである。
しかし、審決が第1の方法についてしか当てはまらない事項を上記判断の根拠にした、との原告主張は、誤りである。
引用例は、その特許請求の範囲に掲げられた構成よりなる、「外面に電子伝導性層が存在するイオン電導性固体電解質・・・を有する酸素濃淡電池を用いて、主として内燃機関の廃ガス中の酸素含量を測定するための電子化学的測定機」の発明を記載した公開特許公報であり、その発明の詳細な説明には、冒頭に、引用例発明の測定機に関する原理、引用例発明の目的、構成、その作用が記載され(1枚目右下欄1行~3枚目左上欄9行)、次いで、測定機の製造に関する事項、すなわち、測定機を構成する接触作用性層、気密層、固体電解質、保護層の材料、性質、製造方法等についてと、測定機製造の一工程である「固体電解質に接触作用性層を設ける方法」として、第1の方法と第2の方法がそれぞれ記載されている(3枚目左上欄10行~5枚目右上欄1行)。このように、引用例には、第2の方法が引用例発明の測定機製造の一工程である「固体電解質に接触作用性層を設ける方法」の一つとして、本願発明と比較検討するに十分な程度に一定の技術思想をもって記載されている。
そして、この第2の方法で設けられた接触作用性層がサーメット電極であることは原告も認めるところであり、これによって構成される測定機は、引用例の特許請求の範囲に記載されているように、固体電解質とその表面に微孔又は破微孔を有する電子電導性層(接触作用性層)とからなる測定機である。
したがって、第2の方法についての引用例の記載が原告指摘の箇所のみに限られることを前提に、引用例の特許請求の範囲等に記載された多孔性の電子伝導性層(接触作用性層)が第1の方法によるものだけを意味するとする原告の主張は、前提において既に誤っている。
このように、引用例の第2の方法により作られるサーメット電極である接触作用性層(電子伝導性層)が微孔又は微破孔を有するものであることは明らかであり、一方、引用例中の固体電解質の製造方法の記載(3枚目左下欄9行~右下欄10行)を見ると、固体電解質が「約1600℃で緊密に焼結する」とされており、これによって、固体電解質はより緻密であることが求められていることがわかる。
したがって、「固体電解質はより緻密にすることが求められ、またサーメツト電極の場合は逆に多孔性にする必要性があることが教示されているものと認められる。」との審決の認定は、「第2の方法」に関するものとしても正当である。
2 同2について
昭和50年9月15日共立出版株式会社が発行した「セラミックスの基礎」(乙第1号証の1ないし3)においては、焼結は「固体粉末の集合体を、その主体をなしている固体の溶融温度以下の温度で加熱して焼き固める過程、またはそのときに生ずる凝集、凝着過程、またはその状態」と定義され、「多くの場合は成形体の気孔率の減少、収縮率の増大でその程度を表わし、気孔率が0になった状態をもって焼結が終了したと考える。」と記載されている。焼結がこのような現象である以上、引用例発明において固体電解質とサーメット電極を同時に焼結するに際し、前者は緻密に後者は微孔又は微破孔を有するものとするために、サーメット電極のためのセラミック材料として固体電解質の組成物よりも焼結活性の小さいものを選ぶことは、当業者にとって容易なことであったというべきである。
したがって、この点に関する審決の判断に誤りはない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録を引用する(書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。甲第2、第3号証については原本の存在についても争いがない。)。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1について
(1) 甲第4号証によると、引用例の特許請求の範囲には、「外面に電子伝導性層が存在するイオン伝導性固体電解質(固体電解質は片面閉塞された管の形を有す)を有する酸素濃淡電池を用いて、主として内燃機関の廃ガス中の酸素含量を測定するための電気化学的測定機において、ガス平衡の調節を接触作用し、少くとも厚さが100~300Å以上の個所において層を貫通して固体電解質の表面にまで達しかつ平均層厚の半分よりも小さい直径又は幅を有する微孔又は微破孔を有する電子伝導性層を機械的及び化学的影響の前に保護し、固体電解質は廃ガスに直接的に接近し得ないことを特徴とする主として内燃機関の廃ガス中の酸素含量を測定するための電気化学的測定機。」と記載され、その電子伝導性層(接触作用性層)については、上記のとおり、「ガス平衡の調節を接触作用し、少くとも厚さが100~300Å以上の個所において層を貫通して固体電解質の表面にまで達しかつ平均層厚の半分よりも小さい直径又は幅を有する微孔又は微破孔を有する電子伝導性層」であることが規定されているだけであり、そこでは、この電子伝導性層(接触作用性層)の構成に関し他に規定するところがないことが明らかである。
そこで、引用例の発明の詳細な説明を見ると、そこには、引用例発明の属する産業上の利用分野及び発明の基礎となる原理あるいは技術、従来技術、引用例発明の目的、目的達成のための解決手段の一般的説明(甲第4号証1枚目右下欄1行~3枚目左上欄9行)に続いて、引用例発明の接触作用性層、気密層、固体電解質及びその組成、保護層及びそれを設ける方法の説明が順次記載された(同3枚目左上欄10行~4枚目右下欄12行)後、接触作用性層を設ける方法につき、「固体電解質に接触作用性層を設けるためには、種々の方法がこれに該当する。このようにして、この層を薄層技術を用いて設けることができる。かかる技術としては次のものが挙げられる:熱蒸発、陰極噴霧、ガス相沈澱、化学的還元及び電鍍沈澱。これらは個々にか又は組合せて使用することができる。・・・」として「第1の方法」が記載され(同4枚目右下欄13行~5枚目左上欄3行)、これに引き続き、「固体電解質管に接触作用性層を設けるもう1つの方法は、電解質管に焼結前に細かく分配された触媒物質より成り希釈油を配合したペーストを塗布し、引続き固体電解質管を塗布層と一緒に焼結することである。・・・」として「第2の方法」が記載され(同5枚目左上欄4行~右上欄1行)、次いで、添付図面による引用例発明の実施態様及び製法の説明が記載され、最後に、19の項目に分けて「本発明思想並びに実施態様」が要約して説明されている(同5枚目右上欄2行~8枚目右上欄9行)ことが認められる。
上記認定の引用例の記載内容によれば、第2の方法は、第1の方法と並んで、引用例発明の電子伝導性層(接触作用性層)を設ける方法として記載されていること、すなわち、この電子伝導性層は、第2の方法によって設けられたサーメット電極を包含するものであることは明らかである。このことは、引用例の前示「本発明思想並びに実施態様」を要約して説明した19項目が、第1項において引用例発明の測定機の全体的構成を示し、第2項ないし第14項において、接触作用性層(第2~第4項)、気密層(第5~第7項)、固体電解質(第8~第10項)、保護層(第11~第14項)につき、その種々の面からとらえた各構成を有する実施態様を挙げ、第15項ないし第19項において、第1の方法により接触作用性層を設ける引用例発明の測定機の製法(第15~第17項)、第2の方法により接触作用性層を設ける引用例発明の測定機の製法(第18、第19項)を挙示しているところ、この全体的構成を示す第1項及び実施態様を挙げる第2~第14項に記載された各構成を検討すると、接触作用性層が第1の方法により設けられたものか第2の方法により設けられたものかを問わず、いずれのものにも適合する構成であると認められることからしても、裏付けられる。
もっとも、上記引用例の記載内容によれば、電子伝導性層に微孔又は微破孔を形成する具体的方法は、第1の方法に関して述べられているだけで第2の方法に関して直接には述べられていないし、添付図面により引用例発明の実施態様及びその製法を説明する部分が第2の方法に触れていないことは原告主張のとおりである。しかし、引用例発明の電子伝導性層が第2の方法によってサーメット電極である接触作用性層(電子伝導層)を設けた測定機を含む以上、上記原告主張の点は、審決が、引用例につき「電子伝導性層(サーメツト電極)についても、特許請求の範囲等に見られるように・・・微孔又は微破孔を有するものであることが記載されており、」(別添審決書写し4頁11~17行)と認定したことの妨げとはならず、審決の認定に誤りがあるということはできない。
したがって、引用例の記載中、第2の方法に関する具体的記載部分(甲第4号証5枚目左上欄4行~右上欄1行、実施態様18、19)以外はすべて第1の方法のみに関する記載であることを前提とする原告の主張は、採用できない。
(2) 本願の優先権主張日当時、接触作用性層が多孔性でなければならないことが公知の事実であったことは原告も自認するところであり、引用例においても、「熱力学的に平衡で存在する酸素含量は、廃ガスに曝露された450℃以上の熱固体電解質表面がガス平衡の調節に接触作用を及ぼす固着性層を完全に備えている場合に測定することができる。」(甲第4号証2枚目右下欄9~13行)、「調節に必要な約1~100msecのわずかな応答時間は-固体電解質表面の温度の割合により-接触作用性層が微孔又は微破孔を有し、これを通りガス分子がクヌーセンの拡散に基づいて電解質に構成する3相範囲に到達する場合に保証されている。この孔を通る路で熱力学的ガス平衡を調節する。」(同2枚目右下欄20行~3枚目左上欄6行)等の記載でこれを明らかにしている。一方、引用例の固体電解質に関する説明(同3枚目左下欄9行~右下欄10行)中の「かかる固体電解質の組成は通常使用される安定化二酸化ジルコニウムセラミツクに比して、これから製造した部品は1800℃での代りに約1600℃で緊密に焼結することができる利点を有し」(3枚目右下欄5~9行)との記載によれば、引用例発明の固体電解質は、緻密に形成すべきことが示されているということができる。
したがって、審決が、引用例につき、「固体電解質はより緻密にすることが求められ、またサーメツト電極の場合は逆に多孔性にする必要性があることが教示されているものと認められる。」と認定したことに誤りはない。
2 同2について
前示当事者間に争いのない本願発明の要旨の示すとおり、本願発明においては、サーメット電極に用いられるセラミック材料を固体電解質に用いられるセラミック材料よりも焼結活性を小さいものにすることを発明の要旨とするものであり、その技術的意義が、審決認定のとおり、「固体電解質の方はより緻密に焼結し、サーメツト電極の方はより多孔構造とすること」にあることは、当事者間に争いがない。
そして、乙第1号証の1ないし3によれば、昭和50年9月15日に刊行されたセラミックスに関する一般的図書である「セラミックスの基礎」(共立出版株式会社発行)には、「粉末をプレス成形した状態では、その成形体は、粉末の粒形や粒度分布、成形条件などによって異なるが、体積比で25~60%くらい、ふつう40~60%くらいの大きな気孔率をもっている。これを焼成して、機械的強度の大きな、いろいろな物理的性質のすぐれた製品とするためには、多量に存在している気孔をできるだけ除いて緻密にする必要がある。しかし場合によっては透水性や通気性は大きく、機械的強度もできるだけ強い、たとえばろ過板や散気板、隔膜などのようなものをつくりたい場合には、逆に気孔をできるだけ除かないようにしながら、粒子間の結合だけを起こさせることが要求されることもあり、ときには成形した試験片の大きさを、そのまま変化させないで、強度だけあるように焼結したい場合もある。焼結という場合には、ふつう気孔率の減少や、収縮率の増大を考えるが、このように気孔率も変わらず、収縮も起こらない焼結もある」旨が記載されており、これによれば、焼結に当たりどの程度気孔を残すかを必要に応じ適宜決定することは、本願の優先権主張日前既にセラミック製作の基礎的技術として確立していたと認めることができる。そして、このことを前提にすれば、使用するセラミック材料の決定に当たり、緻密であることが求められている固体電解質には焼結活性の大きいもの、すなわち焼結に際しての粉体の結合速度の大きいものを、逆に多孔性にする必要性のある接触作用性層にはそれが小さいものを選択する程度のことは、当業者にとって本願の優先権主張日前容易になしえたことといわざるをえない。
したがって、この点につき当業者が容易になしえたものとした審決の判断に誤りはない。
原告は、引用例には、焼結活性の差異を利用して接触作用性層を多孔構造を有するものとする具体的方法は全く記載されておらず、焼結活性の差異の利用を全く意識していない旨主張するが、仮にそうであっても、上記本願優先権主張日前既に確立されていたセラミック製作技術に照らせば、上記のとおり容易になしえたことといわざるをえず、甲第9号証その他本件全証拠によっても、上記判断を覆すに足りない。
3 以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担、上告のための附加期間の付与につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 三代川俊一郎)
昭和61年審判第23601号
審決
ドイツ連邦共和国シユツツトガルト (番地なし)
請求人 ローベルト・ポツシユ・ゲゼルシヤフト・ミツト・ベシユレンクテル・ハフツング
東京都千代田区丸の内3-3-1 ドクトル ゾンデルホフ法律事務所
復代理人弁理士 矢野敏雄
沖縄県那覇布前島1丁目16番地の2
代理人弁護士 ラインハルト・アインゼル
昭和54年特許願第157520号「ガスセンサ用サーメット電極の製法」拒絶査定に対する審判事件(昭和55年6月12日出願公開、特開昭55-78246)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
本願は、1978年12月6日に西独国に出願された特許出願に基づくパリ条約第4条の規定による優先権を主張して昭和54年12月6日に出願されたもので、その発明の要旨は、昭和59年5月11日付けの手続補正書により補正された明細書の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。
「イオン伝導性固体電解質を有するガスセンサ用の、主として支持骨格を形成するための微細に分散したセラミツク材料及び微細に分散した導電性材科から成るサーメツト電極を製造する方法において、支持骨格用の微細に分散したセラミツク材料として、固体電解質のセラミツク材科よりも焼結活性が小さいものを使用することを特徴とする、ガスセンサ用サーメツト電極の製法。」
これに対し、原査定の拒絶理由に引用された特開昭48-90294号公報(以下引用例という)には、外面に電子伝導性層が存在するイオン伝導性の固体電解質を有する、主として内燃機関の廃ガス中の酸素含量を測定するための電気化学的測定機が記載され、その電子伝導性層の製法として「電解質管に焼結前に細かく分配されたセプミツク物質及び細かく分配された触媒物質より成り希釈油を配合したペーストを塗布し、引続き固体電解質管を塗布層と一緒に焼結する」方法が記載されている。
本願発明と引用例に記載されたものとを対比すると、引用例に記載された製法による電子伝導性層とはサーメツト電極であることは明らかであり、両者は、イオン伝導性固体電解質を有するガスセンサ用の、主として支持骨格を形成するための微細に分散したセラミツク材料及び微細に分散した導電性材料から成るサーメツト電極を製造するものである点で一致し、本願発明では支持骨格用の微細に分散したセラミツク材料として、固体電解質のセラミツクよりも焼結活性が小さいものを使用するのに対し、引用例ではそういつた記載がない点で相違するものと認める。
そこで、上記相違点について検討するに、本願発明において、サーメツト電極に用いられるセラミツク材料を固体電解質に用いられるセラミツク材料よりも焼結活性を小さいものにするというのは固体電解質の方はより緻密に焼結し、サーメツト電極の方はより多孔構造とすることによつて、改良された応答感度を有するものとすることにあると認められる。
しかしながら、上記引用例においても第3頁左下および右下欄にあるように固体電解質においては溶融合剤を加えて緊密に焼結することが記載され、また電子伝導層(サーメツト電極)についても、特許請求の範囲等にみられるようにガス平衡の調節を接触作用し、少なくとも厚さが100~300Å以上の個所において層を貫通して固体電解質の表面にまで達しかつ平均層厚の半分よりも小さい直径または幅を有する微孔又は微破孔を有するものであることが記載されており、固体電解質はより緻密にすることが求められ、またサーメツト電極の場合は逆に多孔性にする必要性があることが教示されているものと認められる。
だとするならば、サーメツト電極に用いられるセラミツク材料を固体電解質のセラミツク材料よりも焼結活性が小さいものを使用して、多孔構造を有するものとする程度のことは当業者であれば容易になしえたところと認められ、またそのことによる効果も格別なものとは認められない。
したがつて、本願発明は上記引用例に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よつて、結論のとおり審決する。
平成元年3月16日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
請求人 被請求人 のため出訴期間として90日を附加する.